ワーキングペーパー

ワーキングペーパーNo. 329 2014-12-22

米国 50 州・1 特別区の 事前指示法の現状分析
ー終末期医療の意思決定に関する議論の構築に向けてー

 

  • 米国内では、カリフォルニア州が、生命維持治療を拒否する事前指示、いわゆるリビング・ウイルを世界で初めて法制化した。現在は、すべての州・特別区が、リビング・ウイル、もしくは、自分が望むあるいは望まない医療に関して、同意能力が無くなった場合に備えて本人の代わりに判断する代理人を指名する、医療に関する「持続的(永続的)代理権」を法制化している。
  • リビング・ウイルと持続的代理権の両方に関する米国全州・特別区の法律の論点抽出を目的に、詳細に分析した研究はほとんど無い。本研究の目的は、米国各州・特別区が有する事前指示関連法について、事前指示の法的拘束力・有効性・適用可能性、医療従事者の免責規定、持続的代理権代理人の要件などを精査し、論点を明らかにすることである。そのうえで、日本国内において終末期医療の意思決定を議論する際の基礎資料とすることである。
  • 事前指示書(リビング・ウイル、持続的代理権)については、州によって法的書式の有無などが異なることがわかった。リビング・ウイルもしくは持続的代理権かいずれかについて、法定・固定様式に限定している州は7州あった。リビング・ウイルもしくは持続的代理権について、法定・固定書式も書式例も示していない州は18州あった。半数近くの州はオプショナルとして書式例を示していた。多くの州においては、事前指示の有効要件として、①同意能力のある成人によるものである②書面である③作成日が明記されている④本人の署名がある⑤2人の証人、あるいは証人もしくは公証人の立会いがあるーの5点が挙げられた。
  • 事前指示の適用条件として、概ね、①患者本人が同意能力を喪失している、もしくは主治医が本人に同意能力が無いと判断②2人の医師が本人を「終末期」または「遷延性植物状態」であると診断③根治不可能、不可逆的な外傷・疾患の診断④延命措置なくしては死が間近であると判断−の4点に集約された。
  • 医療従事者の免責規定においては、概ね次のように規定されていた。
    1. 法に従い、患者のリビング・ウイル、医療代理人によって指示された生命維持治療の中止・差し控えを行った
    2. 患者がリビング・ウイルを撤回したのを知らない
    3. 代諾者とコミュニケーションをとる時間や機会が得られない
    4. 一般的に認められている医療基準に従って行為する
    5. 医療に関する事前指示の存在がわからず、緊急時に生命維持治療を提供する
    6. 事前指示に従い、指示が有効で、撤回も終了もしていない
    7. 施設方針の医療判断の合意や、医療従事者の良心に反する事前指示のため、医療に関する事前指示に従わない
    8. 医療の決定を行う能力がないと判断された者による指示または決定に従わなかった
    9. 主治医が、患者を終末期にある、もしくは、(神経学的判断をする資格があり、患者を検査した別の医師とのコンサルテーションによって、)遷延性植物状態にあると判断した
  • また、持続的代理権代理人をめぐっては、医療代理人または代理人、ヘルスケア代表者などと呼ばれ、①同意能力のある成人である②血縁・養子・婚姻関係にない限り、本人がケアを受けている医療施設関係者(医師などの雇用者、管理者、所有者など)は代理人となることができない−と規定されていた。
  • 持続的代理権代理人や後見人がいない場合、配偶者、成人した子ども、両親、成人したきょうだいといった順番で、代諾者として家族への同意代行権を認めているケースが多い。
  • 結果から、次の4点の課題が明らかになった。第一に、事前指示書の規定様式の有無がばらばらで、指示のあいまいさにつながる点がある。これは、患者の自律的な決定である「事前指示」の運用抑制につながる可能性がある。第二に、持続的代理権代理人に対する裁判所の関与の度合いが比較的少ない点がある。これは、米国においては代理権濫用への防御策が脆弱であるとの指摘が先行研究で行われている点と一致する。第三に、家族への生命維持治療の中止に関する代諾者権限授与の是非がある。第四に、事前指示も持続的代理権の設定も行っておらず、家族など身寄りの無い人の医療について、誰がどのように決定するのかという問題がある。

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