ワーキングペーパー

ワーキングペーパーNo. 347 2015-09-16

医療倫理(研究倫理・臨床倫理)に関する学生教育
-日本の医学部・看護学部を対象とした調査研究‐

 

(研究の背景と目的)
近年、医療の現場や医学研究の現場において、倫理的検討を要する課題が数多く生じるようになっている。 このため、世界中で、医学生等、医療系学生に対する医療倫理(臨床倫理、研究倫理)教育の重要性が唱えられるようになっている。そうした中、日本医師会 第XI次生命倫理懇談会も、医療倫理に関する学生教育の重要性について明文で言及した。
しかし、日本における教育の実態は明らかになっていない。今後の教育のあり方や、医療倫理に関する政策のあり方を検討するためには、問題の所在を含む、日本の教育の実態を明らかにしておくことが不可欠である。そこで、本研究は、日本のすべての医学部・看護学部を対象として、医療倫理教育の実態について調査することを目的とした。

(研究の対象)
日本のすべての医学部(80 施設)と看護学部(218 施設)。

(研究の方法)
郵送による無記名・自記式の質問紙調査。調査期間は平成 26 年 2 月 24 日~同年 3 月 7 日である。

(質問紙の構成(調査項目))
質問紙は、《1》2014 年度における医療倫理の教育について、《2》教育の時期と時間数について、 《3》教育内容について、などの 10 項目(大項目)で構成されている。
なお、《3》教育内容については、具体的なテーマを示して教育の有無を尋ねた。当該テーマについては、医療倫理、医事法、医療安全管理等に関する国内外の文献(論文、書籍)を精査、決定した。

(回収率)
医学部 53.8%(43 施設)、看護学部 34.4%(75 施設)であった。

(分析方法)
各項目について、単純集計を行った。

(研究の意義)
本研究の結果は、日本での医療倫理教育の質の向上の議論において、貴重な基礎資料となる。さらに、本調査により、日本と諸外国の教育の実態を比較検討することが可能となるため、国際的にも高い意義がある。

(倫理的配慮)
本研究の実施にあたっては、研究代表者が所属する機関(慶應義塾大学)の研究倫理審査員会に申請し、実施について承認を得た。
調査時には、説明文書を添付し、本研究の内容等について説明した。また、調査に協力していただける場合にのみ回答していただき、その回答により、研究参加について同意(インフォームド・コンセント)が得られたとみなすことを示した。

(結果)

  • 2014 年度における医療倫理教育について
    ほとんどの医学部・看護学部が医療倫理教育を行う一方、教育を行わない医学部・看護学部があることが明らかになった(医学部:2.3%、看護学部:4.0%)。
    また、教育を行う機関については、医療倫理に特化した科目を設けて教育を行う医学部が全体の 64.3%、看護学部が全体の 79.2%であることが明らかになった。
  • 教育内容について
    医療倫理の基礎や、インフォームド・コンセント、守秘義務、個人情報保護などの基礎理論については、ほとんどの医学部・看護学部が教育を行っていることが明らかになった。
  • 一方、治療行為の差し控え・中止に関する倫理問題など、具体的な医療行為に伴う倫理問題については、上記と比較すると、教育が進んでいないことが明らかになった。また、健康格差の問題など、いわゆる公衆衛生倫理に関する教育は進んでおらず、一部の教育機関のみが教育を行っていることが明らかになった。
  • 教育の手法等について
    すべての医学部とほぼすべての看護学部(98.6%)が、講義を採用していた。
    一方、ロールプレイを採用する機関は、医学部の 31.7%、看護学部の 11.1%であった。知識習得型の教育方法が広く採用されている一方で、問題解決型の教育は進んでいないことが明らかになった。
    なお、講義については、臨床実習中ないしは臨床実習後に講義を行う機関も多く、医学部の約 4 割、看護学部の約 6 割に達していることが明らかになった。
  • 成績評価方法について
    ほぼすべての医学部(97.6%)・看護学部(98.6%)が、評価を行っていた。
    また、ほとんどの医学部(82.5%)、多くの看護学部(60.9%)が筆記試験を行い、医学部については、多くの医学部(75.0%)が出席回数も評価の対象としていた。
  • 教育責任者について
    ほとんどの医学部(97.6%)・看護学部(88.9%)が各学部に所属する教員がその任務を担っていたものの、その者が専門とする教育研究の領域が医療倫理の領域である機関は、医学部の 22.0%、看護学部の 45.8%と、その割合は低いことが明らかになった。
  • 実際の教育実施者について
    教育実施者の中に医療倫理を専門とする教育研究者が含まれている機関は、医学部の 47.5%、看護学部の 70.4%であった。その者が学内の者である割合は、医学部の52.6%、看護学部の 80.0 %であった。
    また、実際の教育担当者について、医師免許、看護師免許等の医療系の免許を取得している者が含まれている機関は、医学部の 95.0%、 看護学部の 91.3%であった。
  • 研究倫理教育について
    研究倫理に関する重大な問題が相次いで報道されて以降、研究倫理教育のあり方を検討した機関は、医学部の 28.6%、看護学部の 18.1%であった。そして、教育のあり方を検討した機関については、医学部・看護学部ともに、教育内容について検討した学部が最も多く、それを検討した機関が、医学部の 66.7%、看護学部の 76.9%であった。
    また、研究倫理教育について、教育のあり方について検討するべきであるという意見が出された機関は、医学部の 42.9%、看護学部の 22.2%であった。そして、意見の内容については、医学部・看護学部ともに、教育内容についての意見が最も多く、教育内容について意見が出された機関は、医学部の 76.5%、看護学部の 86.7%であった。

(研究の限界)
本研究では、質問紙調査の回収率が、医学部の場合で 53.8%(43 施設)、看護学部の場合で 34.4%(75 施設)であった。このため、無回答大学の実態を加えると、本報告書で示す結果(割合等)が変わる可能性がある。
ただし、本研究結果からは、有益な情報が少なからず得られたと言える。例えば、教育の実施率についても、その割合は正確には明らかにならないが、それでも、教育を行っていない医学部や看護学部があることが明らかになったことは、そのこと自体で大きな意義があると言える。

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