ワーキングペーパー

ワーキングペーパーNo. 298 2013-10-22

平時の想定を超える大規模災害時の
緊急事態対処法制の在り方について

 

  • 東日本大震災で、我々は「ブラックスワンは生まれる」ということを学んだ。ところが、現行の災害対策基本法は、予め記述された事前の「計画的な」災害対策を基軸とするものであり、すなわち、「歴史上かつて無かった事態(ブラックスワン)」には対応できない。
  • 日本の組織は、①下位の組織単位(いわゆる「現場」)の自律的な環境適用が可能、②定型化されないあいまいな情報をうまく伝達・処理できる、③組織の末端の学習を活性化させ、「現場」における知識や経験の蓄積を促進し、情報感度を高める、④集団あるいは組織の価値観によって、人々を内発的に動機付けて大きな心理的エネルギーを引き出すことができる、という長所をもつ。同時にこれは、①明確な戦略概念に乏しい、②急激な構造変化への適応が難しい、③大きなブレイクスルーを生み出すことが難しい、④集団間の統合の負荷が大きい、⑤意思決定に長い時間を要する、⑥集団思考による異端の排除が起こる、という欠点をもつ。
  • 日本型組織の特性が最も活かされる「現場」が活躍した事例として、①高野病院の「避難しない」という選択、②三春町による「安定ヨウ素剤の自主配布」③現地調整会議による「被災者の現状に照らした除染基準の設定」の3ケースについて事実関係を整理し検討を加えた。
  • また、インシデント・コマンド・システム(ICS)についても検討し、確かに傾聴に値するメソッドではあるが、我が国においては、小規模な組織であれば、ICSなる概念を導入せずとも自然とその原則にあった「立ち振舞い」ができている。日本文化・日本人社会の特性ともいうべき。災害医療分野では、現場である小規模組織が、その機能を100%発揮できるように上部組織は「現場支援」に徹する方が我が国の実情からみて現実的である。
  • 以上の検討から、新法において留意すべきは、以下の5点であるとの結論を得た。
    ①新法においては、緊急事態が発生したと認められる場合においては、「現場」への大幅な権限委譲が不可欠で。具体的な「現場」概念としては、ICSのOperational Area Level(作戦区域レベル)が参考となろう。全国総合開発計画における定住(自立)圏や医療計画における(二次)医療圏というエリアが参考になると思われる。
    ②災害医療に関して委譲すべき権限の範囲は、緊急時の医療提供に関するすべての権限とすべきである。具体的には、医師法、医療法、薬事法等における、許可のない者に対する医薬品の授与・販売、医療機器の融通、管理者・開設者の変更・休止手続きその他医療従事者の確保の妨げとなる煩雑な手続き 、さらには、安定ヨウ素剤等の服用等の予防策に関する国等の指示などに関する権限が挙げられる。
    ③政府は、「現場」に対し情報を積極的に開示すべきであり、政府からの情報提供を法定義務化すべきである。また、緊急時において都道府県庁や中央とのリエゾン組織などの中間的な連絡組織は役に立たない。今やIT技術の進展から、いろいろな場面で「中抜き」現象は当たり前となっている。中間リエゾン組織はもはや過去の遺物と割り切るべき。
    ④現場に権限を委譲したとしても、現場で判断したことの責任(典型例は、安定ヨウ素剤等の投与を決めたことに対して、副反応が出た場合の賠償責任)が問われることにより、現場が萎縮してしまうのでは意味がない。判断は現場でするにせよ、賠償責任は国家が担うべき。
    ⑤緊急事態法制は、常に憲法との関係が問題となるが、災害医療に関していえば、この点に関する要請はあまり強くなく、また、患者の生命を守るため他者の人権を制限せざるを得ない場合(典型例は、重体の患者を休ませるために、他人の住居をお借りせざるを得ない場合等)には、緊急避難の法理で対応できよう。

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