資料・書籍・その他

資料・書籍・その他 2002-02-12

フランスレポート|海外手術ツアー

サッチャー政権時の「保険者機能強化」と「医療費削減政策」が生んだ、現イギリスの公的医療環境の低下は著しい。1997年にはその改善を公約として、トニー・ブレア率いる労働党が勝利を治めている。
しかし4年たった現在も、公約実現は難しく、インフラ不備による医療ミスや待機患者の死亡率等、深刻な惨状が絶えずマスコミを賑わしている。

 

去る2002年1月18日金曜日、イギリスから、フランス北部のリール市の私立ポリクリニック・ラ・ルーヴィエールに、9人の患者が到着した。彼(女)らこそ、膨大となったNHS治療待機リスト削減実現の為に、苦肉の策として昨年夏に決定された、外国での手術を受ける患者たちの第一陣である。9人の手術内容は、白内障レザー手術、股関節・膝プロテーゼ等であった。
欧州裁判所も、「治療を長く待たされる欧州国出身患者が、他の欧州圏内国で治療を受けることを認める」という判例を数々出し、法制を整えていた。

 

患者第一陣は、イギリスのマスコミ団と一緒にユーロ・スターで到着した。また、この私立ポリクリニック・ラ・ルーヴィエールの「各自の個室にはBBCテレビ・ニュース、英語メニュー、紅茶付き」というまばゆいばかりの設備が強調されて、海峡の両側英仏で報道された。退院の際も、患者の満足した声が大きく報道された。

 

本プロジェクトを中心的に推進したピーター・ハントレー氏(チャンネル・プライマリ・ケア・グループ・ディレクター)は、「手術は全て無事に終わった。白内障患者は数日間で退院、整形外科手術患者は、リハビリを要するため、あと二週間ほどで退院するであろう。」とコメントした。しかし「海外手術ツアー」の総額費用については、回答を控えた。

 

野党は一連の報道に対し、
「国内の私的医療機関を利用すべき」
「これらの費用を、国内の医療インフラ整備に当てるべき」
「フランスの一部の私的医療ロビーとの密約取り決め」
と批判した。
しかしハントレー氏及び、政府スポークス・ウーマンは、
「欧州圏内で公平にその質と価格を比較し、フランスが最も適正であると判断された」
「英国内の私立病院で同様のオペレーションを行った方が、高くなる」
「長期的には、国内インフラ整備の必要が明らかであるが、現状は深刻で一刻も早い対処が急がれた短・中期的な対策である。この為外国での治療に踏み切った」
とコメントした。
尚、この海外手術ツアーは、今後3月までに200人の患者が国外に(その内訳は殆どフランスと見られているが、他にドイツ・ギリシャも候補に上がっているようである)送られる事になっている。
政府目標は、2005年までに患者の手術待機期間を平均7週間までに短縮したいとしている。
(以上イギリスロイター通信)
次にフランスAP通信社の報道から見てみると、ポリクリニック・ラ・ルーヴィエールのジェネラル・ディレクター、パトリック・ウィズニフスキー氏は、一陣を迎える歓迎の記者会見で、「我々のクリニックは、その高レベルな設備により、数あるフランスの医療機関の中から選ばれた。本プロジェクト推進に向けての現2〜3ヶ月は、NHSとのテスト期間中である。」と述べた。医療機関広告規制の厳しいフランスにおいて、絶好の宣伝機会を得たのである。

 

200人という患者を海外から受け入れる為に、「フランス人患者の治療に影響が出るのでは?」「誰の為のフランス制度か?」という声もあがっているが、ジェラール・ドゥモンARH(Agence Regional d’Hospitalisation) ディレクターは、「国民の保健には、全く問題ない」としている。(以上AFP)

 

一方、同時期フランスでは、医療従事者による大々的なスト・デモが繰り広げられている渦中でもあった。1月21日月曜日は「ウィズアウト・ドクター・ディ」と題され、公立病院救急科以外の全医療関係者(開業医、勤務医、訪問看護婦、助産婦、SOSホットライン・ドクター、リハビリ等)が、報酬単価の見直しを求めて政府との交渉を試みた。政府は「交渉は我々とではなく、疾病金庫と」の一点張り。しかし最大手組合CSMFは疾病金庫の出した妥協案も拒否した。(発表によると、GPの約8割がこのストに参加しているとのこと)
1月24日現在、マイノリティな開業医組合MGフランスが上記案に合意したのみで、このストはまだまだ続く様子。

 

ところで、このような中、週末明けの21日月曜日、ソシエテ・ジェネラル・ド・サンテという国内第一位の医療ホールディング・グループの株が、大きく上昇した。(5%)
買いに走ったのは、「海外手術ツアー」報道を見たイギリスの投資家や、上述の強硬なストにより公的医療の将来を懸念し、私的医療機関の成長を予測したフランス投資家と見られている。午前中だけで買い注文が60,000株あり、この分野の株としては異例の上昇であった。(以上フランス平均株価指数ニュース)

 

フランスのクリニックは、非営利と営利の両方の経営形態が法的に可能で、上述のソシエテ・ジェネラル・ド・サンテは、昨年7月に株式上場をしている。
その功罪には、賛否両論あるが、「ドクターには患者を治してもらい、わたしたちはその経営を直します。」と、グループは答える。

 

さて、この話には裏話がある。この英国患者第一陣の入院したクリニックの名前は、ラ・ルーヴィエールと言う。ソシエテ・ジェネラル・ド・サンテ・グループは、これと同じ名前の放射線治療センターを持っているが、実は、件のクリニックは、同グループの傘下には入っていない。買いに走った投資家は、皆、勘違いをしていたのである!

 

最初、ソシエテ・ジェネラル・ド・サンテは、事情がよくわからなかった様子であったが、一日が終わる頃になって事実がわかった両者は、笑う者あり、苦虫を噛み潰す者あり。 まさに「風が吹けば桶屋が儲かる」の市場展開となったのである。